古代より連綿と続く歴史を持つ大和郡山市。奈良時代には平城京の羅城門のあった地として、戦国の時代には豊臣秀長が100万石を治めた地として栄えてきました。江戸時代には大阪にも京都にも近く軍事の要衝であったため、常に有力大名が配されていました。現在は「平和のシンボル、金魚が泳ぐ城下町。」を指標として、城跡や歴史的な町家など古くからの建造物が多く残るとともに、全国有数の金魚の産地として金魚をモチーフにしたまちづくりがすすめられています。